大阪地方裁判所 昭和46年(ワ)3491号 判決 1974年6月05日
原告
読売テレビ放送株式会社
右代表者
岡野敏成
右訴訟代理人
塩見利夫
同
山本忠雄
被告
株式会社朝日新聞社
右代表者
広岡知男
右訴訟代理人
竹田準二郎
同
滝本文也
主文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実
第一 当事者の求めた裁判
一 請求の趣旨
1 被告は原告に対し、別紙のとおりの謝罪広告を、その表題の「謝罪広告」とある部分は四倍活字で、「株式会社朝日新聞社代表取締役広岡知男」「読売テレビ放送株式会社代表取締役岡野敏成」とある部分は二倍活字で三段抜きとして、本文は一倍活字とし、東京都並びに大阪市において発行する朝日新聞、毎日新聞、読売新聞、サンケイ新聞、名古屋市において発行する朝日新聞、毎日新聞の各朝刊に各一回掲載せよ。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
二 請求の趣旨に対する答弁
主文同旨
第二 当事者の主張
一 請求原因
(一) 原告はテレビ放送を業とする会社であり、被告は朝日新聞を発行する新聞社である。
(二) 被告は
1 東京都において発行する昭和四六年四月八日付朝日新聞朝刊紙上に「公害番組に圧力、民法労連抗議へ、読売テレビ」
2 名古屋市において発行する同年同月七日付同新聞夕刊紙上に「琵琶湖汚染、読売TVの番組、直前に放送中止」
3 大阪市において発行する右同日付同紙上に「琵琶湖汚染の報道番組“中止”読売テレビ、洗剤メーカー、圧力」
なる見出しのもとに右1につき別紙一、2につき同二、3につき同三記載のような内容の記事(以下本件記事という)をそれぞれ掲載、発表した。
(三) 本件記事は原告がかねてよりニュースの一項目として企画していた琵琶湖汚染ニュースを放送直前にスポンサー(広告主)であるライオ油脂株式会社(以下ライオン油脂という)の圧力で放送中止したこと、そしてそのいきさつは日本民間放送労働組合連合会(以下民放労連という)の調べによると合成洗剤による琵琶湖汚染で水道の水が臭くなるといつたことに焦点を合わせ、原告報道部が昭和四六年二月はじめに取材を開始し、琵琶湖周辺での取材を終り放送日を同月九日と決定していたが、右ライオン油脂のスチール写真をニュースのひとこまに入れるため、その了解を求めて建物の写真撮影にかかつたことから、同社の知るところとなり、原告への圧力となつたものであると虚偽の事実を摘示している。
(四) 右記事は原告が民間放送のもつ商業性の故にスポンサーの圧力に屈し、放送を中止し原告の生命ともいうべき公共性を放棄したかの如き印象を一般読者に与えるもので、その掲載、発表によつて原告はその信用及び名誉を著しく毀損された。殊に被告発行の朝日新聞は発行部数、数百万部の我国一流の新聞紙であり一般読者から信頼されているだけに、同紙による本件記事の掲載、発表による名誉毀損の程度は大といえる。
(五) 右は、被告の故意もしくは過失に基づくものである。
よつて、原告は被告に対し、信用及び名誉の回復のため請求の趣旨記載の謝罪広告の掲載を求める。
二 請求原因に対する答弁ならびに主張
(一) 請求原因事実中(一)、(二)は認め、その余は否認。
(二) 本件記事は原告において企画中の琵琶湖汚染番組がライオン油脂の圧力により中止されたとして民放労連が右会社及び原告に対し、抗議行動を起こすことを決定したという事実を報道したものであつて、原告がスポンサーの圧力によつて放送を中止したことを命題としこれを事実として報道したものではない。このことは記事全部を虚心に通読すれば何人にも明らかなことであるのみならず、記事の見出しでは特にこの点に留意し、「公害番組に圧力」、「洗剤メーカー圧力」などのように「 」(括弧)の記号を用いることにより、「 」内の事実は抗議の内容を示すものであることを明らかにしている。したがつて、本件記事によつて原告がその主張のように公共性を放棄した旨の印象を読者に与えるものではなく、右記事はなんら原告の名誉を毀損するものではない。
(三) 仮に本件記事によつて、原告の信用、名誉が毀損されたとしても、次に述べる理由により、被告には右名誉毀損による不法行為責任はない。
1 近時公害問題は重大な社会問題となり、国、自治体、企業などの責任が論ぜられ、各企業における労働組合の動向についても常に注目されている。このような状況のもとで、被告は新聞の持つ報道機関としての社会、公共的使命に基づき社会的関心のある日々生起する社会的且つ公共的事象を迅速に取材し、これを訴えようとしたものであつて、本件記事は公共の利害に関する事実について専ら公益目的のために報道したものというべきである。
2 しかも、原告が本件で名誉を毀損されたと主張する記事部分については先にも述べたとおり民放労連が抗議行動をなすことに決定した前提ないしその動機をなす事実であるので、被告はその限度において真実性の調査をした。すなわち、被告の取材記者は民放労連の幹部につき周到に組合側の見解を取材し、又原告並びにライオン油脂の各担当部長からも事情を聴取したところ、ライオン油脂は圧力をかけたことを強く否定し、原告も圧力による放送中止でなく調査のための延期である旨の回答をしたため、これら否定的主張も反論として詳細に紙上に登載した。右のとおり被告は関係者から取材したとおりの事実を報道したもので、右事実は、真実性に欠けるものではなくかつそのように信ずるにつき相当の理由があつた。
三 被告の主張に対する原告の反論
(一) 被告は本件記事は民放労連の抗議行動決定に関するものであると主張するところ、確かに記事の表現形態は漠然たる原告従業員の噂、風聞をもとにして「……として」、「調べによると……」と伝聞報道形式をとつてはいるが、本件記事を一般読者の普通の読み方を基準として判断すれば、請求原因(三)記載の如く原告がスポンサーの圧力によりニュースの放映を中止したとの事実がその主題であり、被告もこれを意図したものと解すべきである。
殊にその見出しは明快且つ断定的言辞を用いており、その紙面構成、活字の大きさ、配置などと相まつて「洗剤メーカー圧力」、「読売テレビ」、「琵琶湖汚染の報道番組中止」という印象を一般読者に強烈に与えるものである。したがつて右違法な見出しを伴う本件記事により原告の社会的信用ないし評価が低下せしめられたことは明らかである。
(二) 被告の仮定抗弁事実は否認する。
本件記事の主題ないしはその内容とするところは前項のとおり原告がスポンサーの圧力によりニュースの放映を中止したとの事実であるから該事実につき真実性が証明されねばならない。しかるに原告が琵琶湖汚染ニュースの放映を中止(延期)したのは次の理由によるもので、スポンサーの圧力に屈したためではなく、本件記事は全く虚偽の記載である。
すなわち、原告の報道担当者及びデスクは京都大学理学部大津臨湖実験所の根来健一郎助教授が「琵琶湖の水が臭いのは洗剤によるものではないか」との見解の持主であることを知り、昭和四六年一月から同教授の談話を中心に取材を始めた。その結果、汚染の原因は合成洗剤に含まれているリン酸塩が湖水に流入し、湖水内の植物性プランクトンである珪藻あるいは緑藻の栄養源となり、この異常繁殖によるのではないかとの結論を得たので、これをニュースとして取上げ同年二月六日放映予定した。しかし、これより先の同年一月末頃、同担当者は当時の原告報道部長松波昭二から事柄が非常に科学的でかつ社会的影響が重大なものでるあるから取材に当つては十分な科学的分析を前提とし、慎重を期すよう要請されたため、更に資料収集をして取材の正確を期することにし、右同日の放映を中止して、同月九日迄これを延期したのである。しかしその間の調査、取材で汚染源は上記の如く簡単なものではないことが判明したため、更に取材を続けることにして再度放映を中止(延期)した。つまり原告は放送の自主規制に基づき、放映内容の重大性を考慮し、放送の正確性を期すために中止(延期)を決定したのである。
(三) ところで、本件記事は、原告と原告の労働組合とが労働条件をめぐつて激しく対立していた時期に右組合側からの情報提供により取材、報道されたものである。すなわち、当時、右労働組合は、前記ニュース放送が前述の如き経緯で延期されたものであるにもかかわらず、原告がスポンサーである洗剤メーカーの圧力に屈して右放映を中止したとして原告を攻撃し、これをもつて組合の要求貫徹の具としていたのであり、その旨上部団体である民放労連に報告した。
しかるところ、右報告をうけた民放労連は何らの事実調査をなすことなく番組編集権擁護のためと称して抗議という形式をとつたのであるが、被告は、この瞬間を待ち、これを狙つて本件虚報記事を作成、頒布したものであり、被告のいうように公共の利害に関する事実を公益目的のために報道したものではない。
(四) しかして、民放労連が抗議行動を決定したこと自体は事実であり記事内容が被告のいうように右労連からの伝聞形式をとつているとしても、本件記事がその見出しと相まつて前記の如き印象を与えるものである以上、その伝聞情報の内容である事実すなわち本件についていえば原告がスポンサーの圧力に屈して前記放映を中止したことが真実であることが立証されない限り、被告は何ら免責されるものではない。
しかるところ、原告が右の如き圧力によつて放映を中止したのでないことは前述のとおりであるから、被告がいかに「圧力による放送中止」という事実を断定報道したものでないと強弁したところで、右主張は違法性阻却事由の主張としては法律上無意味であり理由がない。
(五) しかも、被告は前記の如く労使間が対立している時期に労働組合側からの情報に基づき本件記事を作成、発表したものであり、このように取材にかかる事項が情報提供者の利害に関するものであるときには特に慎重にその信頼性、正確性を調査する必要があつたというべきところ、被告が右労働者側から提供された真実に反する情報を軽々に信じこれを事実として報道したことは、故意にこの挙に出たものと断ずるほかはなく、仮に、そうでないとしても過失の責を免れないことは明白である。
第三 証拠関係<省略>
理由
一原告がテレビ放送を業とする会社であり、被告が朝日新聞を発行する新聞社であること、被告が原告主張の各朝日新聞紙上に原告主張のような見出しのもとに本件記事を掲載、発表したことは当事者間に争いがない。
二そこで本件記事が原告の名誉を毀損するものであるか否かについて判断する。
<証拠>によれば、本件記事のうち、別紙一記載の記事については「公害番組に圧力、民放労連、抗議へ、読売テレビ」、同二記載の記事については「琵琶湖汚染、読売TVの番組、直前に放送中止、洗剤業者と局へ抗議、民放労連」、同三記載の記事については「琵琶湖汚染の報道番組中止、読売テレビ、洗剤メーカー、圧力、民放労連、抗議行動決める、会社側は強く否定」なる見出しの下に、それぞれ次のような諸事実を具体的に摘示してこれを報道したものであることが認められる。
1 琵琶湖の水の汚染は合成洗剤に含まれている物質と密接な関係があると指摘した原告の報道番組が放送直前にスポンサーである洗剤メーカーの圧力によつて放送中止になつたとして、民放労連(竹村富弥委員長、八一組合)が昭和四六年四月七日からライオン油脂と原告とに対し、抗議行動を起こすことを同月六日の執行委員会で決めたこと、
2 民放労連の調べによると、右報道番組については原告報道部が同年二月はじめに取材を開始し、放送日を同月九日と決めていたが、番組のひとこまにライオン油脂のスチール写真を入れようと、東京の日本テレビ放送株式会社を通じて同社の了解を求めて建物の写真撮影にかかつたことから同社の知るところとなり原告への圧力となつたというのであり、その結果、放送は中止となつたままであつて、原告従業員の間では何らかの圧力があつたに違いないとの見方が強まつているといわれていること、
3 これに対し、原告の松波昭二報道部長はライオン油脂からどんな報道になるのかとの問合わせがあつたが、その時はすでに番組内容を報道独自の立場から再検討して、さらに取材の徹底を期すことになり延期を決めていたもので、圧力があつてやめたのではないと反論していること、
4 ライオン油脂の関口一広報部長はどういう内容になるかを知るため、原告を訪問し、担当デスクに会い放送するときは連絡するとの約束を得たが、その後連絡がないので一週間して問合わせたらすでに放送は延期されていたのであつて圧力をかけたなどとんでもないといつていること。
以上の事実は原告の企画していた琵琶湖汚染についての放送番組が中止となつたことについて、これはスポンサーであるライオン油脂の圧力によるものではないかとして民放労連が抗議行動を起こすことに決定したこと、これに対し原告およびライオン油脂では圧力による中止でないと主張していることを具体的に摘示したものというべきで、原告主張のように原告がスポンサーであるライオン油脂の圧力で放送を中止した旨の報道記事であると断ずることはできない。しかし、新聞記事による名誉毀損の成否は一般読者の普通の注意、関心と通常の読み方とを基準として、一般読者が当該記事から受ける印象に従つて判断すべきところ、本件記事では、その文字の配列、活字の大きさ、内容などの点からみて、まず、冒頭に掲げられた「公害番組に圧力」、「読売TVの番組、直前に放送中止」、「琵琶湖汚染の報道番組中止」、「洗剤メーカー、圧力」などの各見出しとこれに並ぶ「民放労連抗議へ」、「洗剤業者と局へ抗議」、「民放労連抗議行動決める」等の見出しが、著しく読者の興味と注意とを引くものというべきである。尤も、本件記事のうち別紙三記載の記事については「会社側(原告)は強く否定」との中間見出しもあわせてつけられてはいるが、一般読者が本件記事を一読するときは、その興味ないしは関心の大部分はまず前記各見出しに集中し、かつ、これによつて最も強く印象づけられるものというべく、右見出しの表現が断定的なものであるだけに、これによつて印象づけられた一般読者が本件記事を一読する場合には、本件記事から原告のいうように、原告がスポンサーからの圧力によつて予定されていた番組の放映を中止したあるいは中止したのでないかとの印象をもつおそれも多分にあり、本件記事に接した一般読者の中には右の如き印象をもつた者も少くなかつたであろうことが推認されるというべきである。
ところで、<証拠>に照らすと、原告は日本民間放送連盟の放送基準に基づく公正中立な報道を建前とする民間放送局であり、一般社会大衆からは右公正中立な報道に努力をしているとの評価を受けていると認むべきであるから、かかる立場にあるものが、上記の如き印象をもたれたとすれば、右の如き社会的評価ないし信用は低下せしめられたというべく、その意味において原告の名誉は毀損されたと認めるのが相当である。
結局、本件記事は被告のいうように原告がスポンサーの圧力により番組の放映を中止したこと自体を事実として報道したものではなく民放労連の抗議行動を主題として報道したものであるにせよ、前記見出しとの関係で上記の如き意味で原告の名誉を侵害したものというべきである。
三そこで、被告主張の仮定抗弁につき検討する。
(一) <証拠>によると、民放労連が昭和四六年四月六日本件記事に記載されたとおり抗議行動を起こすことを決定した事実が認められ、右民放労連が日本の主な民間放送会社の労働組合の殆んど全てが加盟する唯一の全国組織であり<証拠略>かつ、右抗議行動を起す原因となつた事柄が民間放送のあり方および近時広く社会的関心をあつめている公害問題に関連するものであることからすれば、民放労連が上記の如き決定をしたということは、単なる一個人の私的行動と異なり、それ自体一つの社会的な出来事として、元来、新聞報道の対象となり得る性質の事柄であつたというべく、これを報道することは、特段の意図に出たもでない限り、許さるべきことというべきである。
原告は、被告が原告会社の労使が対立している時期に特別の意図をもつて本件記事を発表したかのようにいうが、被告が本件記事を掲載するにあたつて不当な宣伝や目的ないしは私的な利害関係のためにする意図を有していたと認むべき証拠はない。
(二) 尤も、本件記事が民放労連の抗議行動を報道するものであつたにせよ、右民放労連の行動が原告に対するいわれなき非難、誹謗でありその名誉を毀損するものであるときに、あえてこれを報道しその結果原告の名誉を毀損したような場合には、原告の名誉を違法に侵害したものというべく、単にそれが民放労連の行動をそのまま報道したものであるからといつて当然に違法性を阻却されるものではないというべきである。
そこで、民放労連が前記決定をなしそれが本件記事として報道されるまでの経緯をみるに、<証拠>によれば次の事実が認められる。
1 原告編集部の報道担当デスクである平木三喜男は昭和四六年一月末頃報道担当者から琵琶湖の水の汚染に関し、その原因は家庭用洗剤にあるのではないかとの意見が京都大学理学部大津臨湖実験所の根来健一郎助教授から出されているとの報告を受け、右根来助教授の研究を中心とした企画ニュースをいわゆる特種として同年二月六日頃のお昼のワイドニュースの中で三〜五分間放送する予定でその頃から同担当者に取材を命じて取材を開始したこと。
2 そして、右平木は、同月四日頃東京の日本テレビ放送株式会社に前記琵琶湖汚染ニュースの準備のため、ライオン油脂の建物の写真撮影を依頼し、その頃、右日本テレビ放送株式会社でその撮影をしたことから、右企画がライオン油脂の知るところとなつたこと。
3 ところが、右ニュース番組は同月六日には放映されず、右平木は取材担当者と相談の結果同月九日をその放映予定日としたが、結局、右番組は同日にも放映されず、当時、その後の放映日は予定されていない状態になつたこと(なお、右放映予定日変更の事情については後記参照)。
4 しかるところ、同月一一日頃、ライオン油脂の担当者二名が原告会社を訪れ、右平木に対し前記番組に関しどうゆう取材がなされているのか問い合せるとともに持参していたアメリカでの合成洗剤と水質汚染に関する研究資料を提供し、ライオン油脂でも独自の研究をしている旨説明したこと。
5 一方、原告会社の労働組合では、同月一〇日頃、同月九日に予定されていた前記番組の放映がその二、三日前に中止と決定された旨を聞込みその間の事情を探つているうち、前示ライオン油脂の建物の写真撮影が行われたこととその前後にライオン油脂から原告に問い合わせの電話がありその後に右中止決定がなされたとの情報を得たので、右番組の放映中止についてはスポンサーであるライオン油脂から圧力があつたのではないかとの疑いを持つたこと。
6 そして、同年二月一七日から三日間宮崎市において開催された民放労連の第三〇回臨時大会の席上前記労働組合の代議員は上記の如き疑いがあることを報告したこと。
7 その後、右労働組合では、同月二〇日過頃から、執行委員長である村松健宏が原告会社の報道部長松波昭二と面談し、前記番組が同月九日に放映されなかつた事情について質問したり、日本テレビ放送株式会社の労働組合に対し前記ライオン油脂の写真撮影時前後の事情の調査を依頼したりしたこと、
8 そして、松波報道部長からは本件記事に記載されている同人の談話とほぼ同旨の説明をうけたが、その当時の同人の話からはライオン油脂からの問い合わせのあつた時期と放映予定日が変更された時期の時間的経過ははつきりせず、他方、前記日本テレビの労働組合からは前記写真撮影後ライオン油脂の営業部あるいはその広告代理店から日本テレビの報道デスクへ再三前記番組の内容、写真の使い方につき問い合せがあつたので右デスクとしては細かい内容については原告の報道部と直接かけあうようにといつて原告の報道デスクを紹介した旨の報告があつたこと。
9 その後、原告会社の労働組合は、前記番組の取材担当者とも面談し同人から同人としては同月六日取材から帰つてきた時に右番組は中止になつた旨聞かされたとの話を得たので、既に調査、確認していた上記事実からみて右番組が当初の予定どおりに放映されなかつたのは単にニュースとしての価値の有無ということだけを考えてのことではなく、スポンサーとの関係でそのようになされたものと判断したこと。
10 しかして、右労働組合で得た前記番組に関する情報、調査結果等は随時右組合から民放労連へ報告されていたが、同年三月下旬頃には右組合から民放労連に対し同組合としては上記の如く判断せざるを得ないとの報告がなされ、同年四月六日に開かれた右労連の全国中央執行委員会では、その席上、上記組合の組合員であり右委員会の委員である田丸信堯より事実関係のあらましの報告を受けて討論した結果、これはニュースに対するスポンサーの不当な圧力であるとの結論に達し、原告およびライオン油脂両社の社長に宛て抗議電報を打ち併わせて各加盟労働組合に対しこれと同じ抗議活動を行うよう要請する旨決定したこと。
11 他方、被告の社会部担当記者は右ニュース放送が中止されたことにつき同年三月中旬頃前記松波昭二報道部長から一時間以上にわたつてその事情を取材し、同人から原告の労働組合等が噂しているように洗剤メーカーであるライオン油脂の圧力によつて放送を中止したのではないとの説明を受けたこと、一方労働組合側についても同月二〇日頃および四月五、六日頃の二回にわたり原告の労働組合の執行委員長村松健宏から取材し、更に同月一日頃、民放労連本部の竹山中央執行委員長にも事実関係を直接取材し、当時民放労連が集めた資料からはニュースの放送中止についてはなんらかの圧力が洗剤メーカーからあつたというふうに考えざるを得ないので同月六日の民放労連の全国中央執行委員会で右事実に対する方針を決定するつもりである旨聞知していたこと、そして、右同日、被告の前記社会部担当記者は民放労連本部に電話して右労連が前記の如き抗議行動を起こすべく決定したことを知つたこと。
以上の事実が認められる。
ところで、前記放映変更の事情についてみるに、<証拠>によると、前記松波部長としては同年一月二七日のニュース検討会の席で前記ニュース番組を企画しようという話のあることを知つたが、右番組で取上げる問題は影響するところが大きく責任の持てる十分なニュースにしなければならないと考えていたので、同月二九日、右番組の取材担当者にその取材内容を詳しく聞いたところ、その内容が不充分と思われた。そこで、同部長は右担当者に対し琵琶湖の汚染については果して家庭用洗剤が主な原因なのかどうか、他に汚染の原因となるものはないか、また、何か琵琶湖特有の条件があるのではないか等の点や下水処理の不備という点についても更に調査すべきである旨指示し、一方、右部長の指示を知つた前記平木デスクは右方針に従つて取材、調査を進めることにし、当初予定していた同年二月六日の放映予定を同月九日に延期したが、右九日頃になつても調査が完了しなかつたので更にこれを延期することにし、そのころ松波部長に上記理由により放映を延期した旨報告したものであり、右部長としては平木デスクが九日に放映を予定していたこと自体も知らなかつたというのであるが、<証拠略>(原告作成の会社ニュース)によると、同月四、五日頃、前記番組が同月九日のニュースの項目に組込み予定されていることを知つた松波部長が上記の如き方針を打出し、延期したというのであり、果して、放映変更の経緯が上記両証人のいう通りのものであつたかどうかについては疑問があるといわざるを得ない。
尤も、右会社ニュース<証拠略>の記事について、松波証人は、右ニュース作成の担当者からの問い合せに対し同部長が前記番組につき前記の如き調査、取材を指示した趣旨、目的についてはそれが重大な問題点であると考えてのでその点については正確を期して話したが、右番組の企画をいつどのような機会に知つたかというようなことは右当時はあまり大事なこととは考えておらずその点について詳しく話さなかつたために上記の如き記事となつたと思う旨供述するが、右ニュースが本件記事の間違いであることを明らかにするために発行されたものであることは右ニュースの記載内容自体から明らかであり、松波部長としてもそのこと自体は充分承知していた筈であるから、スポンサーからの問い合わせの有無およびその時期との関連上、同部長が前記指示をした時期および放映の延期が決定された時期が重要な問題となることは当然判つていたものと考えられ、この点からみれば右松波部長の供述にはにわかに首肯し難いものがあるといわざるを得ない。また、仮に、右供述のとおりとしても、右の如き会社ニュースが発行されていることと前掲村松証人が前示松波部長との面談の際にはライオン油脂からの電話があつたあと番組の放映が中止されたのかどうかその時間的経過がはつきりしなかつた旨証言していることを考慮すると、前示松波部長と村松執行委員長の面談の際には、少くとも右時間的経過については労働組合側を納得させうるような説明がなされていなかつたのではないかとの疑問を免れず、前記労働組合においてライオン油脂からの電話による問い合せがあつた後に放映が中止されたのでないかとの疑念をもつたとしてもあながち非難できない状況にあつたと推認されるというべきである。
(三) しかして、原告がスポンサーからの圧力によつて番組の放映を中止したのかどうかということに関しては、スポンサーからの支配、介入が明確なかたちでなされる場合は格別、そうでない場合には何をもつて圧力というのかまたどのような場合に圧力によつてといえるのかという点についての見方ないしは考え方の相異によつてもその結論を異にすることも考えられ、その判定、判断は決して容易ではないというべきところ、上記認定の事実ならびに説示に明らすと、民間放送局の放送番組について従来からスポンサーによる支配、介入があつたかどうかという点につき原告とはその認識を異にする前記労働組合および民放労連の立場からすれば<証拠略>、前記番組の放映が単に番組としての価値ないし内容の点からだけでなくスポンサーとの関係でとり止めになつたのでないかとの疑問を持つたとしてもやむを得ない状況にあつたと認めるべきであり、右組合ないし労連が前示の如き抗議行動をしたことをもつて全く根拠のないいわれなき中傷、誹謗であるとは断じ得ない。
そして、弁論の全趣旨に照らすと、被告としては、前記組合および労連と原告双方より取材し、右組合および労連の主張も根拠のないものではないとの判断のもとに本件記事を掲載したものと認められ、その限りにおいて被告の右判断には大きな誤りはなかつたと認めるのが相当である。
(四) そして、本件記事が前記の如く民放労連の抗議行動を報道するものであつてその記事内容からみて特段の事情の認められない限り公共の利害に関する事実を公益目的のために報道するものと推認されること、それが単なる風評ないし噂の報道とことなり前記の如き組織をもち社会的存在を認められている団体の行動の報道であり、その内容が被告の担当記者が関係当事者(原告の報道部長、民放労連および原告の労働組合の幹部)に直接取材(面談ないし電話)した事実の要旨をそのまま記事にまとめて登載したものにほからなずことさら事実を曲げたり潤色、誇張した跡も認められないことおよび前示各見出しもその一部を要約したにすぎないと認められることを考慮すると、上記の如く前記民放労連の抗議行動が全く根拠のないものでないことが立証されたと認める以上、右行動をそのまま報道した本件記事には違法性はないと認めるのが相当である。
蓋し、もし、特定の人ないし団体の行為、行動につき何らかの理由で非難ないし抗議行動がなされたときに、それが、元来、社会的な出来事として新聞報道の対象となり得るものであつても、あくまで非難、抗議の対象となつた事柄自体の存否ないし真実性を立証しない限り右非難ないし抗議行動を報道すること自体が違法になるとすると、事実上、かかる事柄についての報道はかなり制限されたものにならざるを得ずかかることは報道の自由との関係上相当でないと考えられるからである。
四以上のとおりであるから、原告の本訴請求は理由がないので失当としてこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して主文のとおり判決する。
(首藤武兵 上野茂 田中由子)
謝罪広告文案<省略>
別紙一、二、三<省略>